「繁殖農家」のお仕事について
教えてください!
繁殖農家の仕事について
私は就農してから20年ほど経ちます。現在、私と父・祖父の3人で、黒毛和牛の母牛を約30頭、子牛を約20頭飼育しています。
繁殖農家の主な仕事は、母牛に子牛を生ませること、子牛を飼育することです。

子牛は生後300日程度で市場に出荷して肥育農家に販売しますが、この生後300日間は、最終的な牛肉の品質を左右する非常に大切な時期です。

子牛が健康に育つよう、毎日の清掃で牛舎を清潔にし、エサとなる「粗飼料」と「濃厚飼料」のバランスにも気を使い、極上肉の代名詞にもなっている「A5ランク」を常に目指しています。
豆知識1
肉用牛の経営に携わる農家は、一般的には2つの形態に分かれます。
繁殖用の母牛を飼育し、子牛を産ませ、子牛を生後8~10カ月まで育てて家畜市場に出荷する「繁殖農家」と、家畜市場で子牛を購入し、20カ月程度肥育して食肉処理施設に出荷する「肥育農家」です。そのほかに、繁殖用の母牛を飼育して子牛を産ませ、その子牛の肥育もおこなう「一貫農家」も存在します。
豆知識2
肉用牛に与えるエサは、粗飼料と濃厚飼料に大きく分けられます。
粗飼料とは、牧草や稲わらなど、繊維質が多く、エネルギーやたんぱく質が少ない飼料です。草食動物である牛にとっては栄養源となるだけでなく、消化機能を安定させる役割を果たすため、生理的に必須の飼料です。
濃厚飼料とは、穀物や食料製造副産物など、エネルギーやたんぱく質が豊富でこれらの供給源として重要な飼料です。
「繁殖農家」のお仕事について
教えてください!
飼料にこだわる!
「A5ランク」の品質に育てるためには、胃の中の微生物の状態が整い、肥育農家の手に移った後も、充分なエサの摂取によりしっかりと栄養が吸収できる体がつくられるよう、子牛のときからの徹底した飼養管理が重要となります。

このため、飼料メーカーと協力し、試行錯誤を繰り返して独自配合の濃厚飼料を開発しました。
濃厚飼料の独自開発はこだわった取り組みですが、その分コストが嵩みます。

既存の濃厚飼料においても価格は高止まりしており、畜産業者の大きな悩みのたねとなっています。
就農当初は1トンあたり約3万5,000円であった濃厚飼料が、今では10万円を超えています。子牛の価格は大きく変わっていませんので、経営に大きな影響を与えています。
また、私の農場では、牧草や稲わらなどの粗飼料にもこだわり、自分たちで育てたものを使用しています。
飼料の自給や独自開発には労力・コストがかかりますが、「橋本ファームの子牛なら品質に間違いはない」と信じて買いつけてくださる肥育農家にいい子牛を引き渡し、その先の消費者に美味しい和牛をお届けするために、飼料にはこだわり続けていきたいですね。
和牛の繁殖・飼育に対する
こだわりとは?
和牛の繁殖について
母牛の妊娠・出産は、繁殖農家にとって大イベントです。
私の農場では受精卵移植という方法に取り組み、母牛の受胎率向上、子牛の生産拡大を図っています。優秀な母牛の受精卵を多く採卵し、他の母牛に移植する受精卵移植の取り組みにより、母牛の血統を問わず優れた遺伝子を長く受け継いでいくことが可能となります。

生産性の向上と持続可能な畜産業を実現するためには、牛たちの健康を保ち、病気から守ることも必要不可欠です。
このため、地域の繁殖農家の方々と勉強会等を通じて相互研鑚し、地域全体に品質の高い和牛を増やすべく取り組みを進めています。

豆知識3
受精卵移植とは、母牛の子宮に他の母牛の受精卵を移植し代理出産させる技術です。
和牛の繁殖・飼育に対する
こだわりとは?
いい環境で育てたい!
就農当時、私の地域一帯は風通しがよく、夏でも扇風機が必要ないほど涼しく快適な繁殖・飼育環境でした。しかし、今は夏の平均気温が当時と比較して3~4℃ほど上昇しており、最高気温が35℃に達する日も珍しくなくなりました。

母牛の繁殖効率は、気温により顕著に変動するため、夏場の気温上昇への対策は重要であり、今私たち畜産農家が直面する課題のひとつです。
特に、夜温の上昇は、母牛の睡眠に影響を及ぼし、不妊や早産の原因となります。

このため、夜間も扇風機を回し続け、母牛のストレスを軽減し、繁殖成績が安定するよう、牛舎の環境管理に努めています。
これからの農業への
想いをどうぞ!
これからの農業への想い
畜産業に限らず農業全般に言えることですが、経営を取り巻く環境が厳しく、新規参入に限らず経営の継続も非常に困難な状況となっています。だからこそ私は、取り組んでいるSNSやWEB配信などを通じて、苦楽を経験しつつも農業とひたむきに向き合っている姿を多くの人に見せていきたいと考えています。

愛情と手間暇をかけた母牛が健康な子牛を出産したときの喜びは何ものにも代えがたいものです。その一方、元気だった子牛の突然の異変、怪我をした牛の殺処分など、心を痛める瞬間もあります。

消費者の皆さんには、日頃何気なく口にしているものに、そのような多くの出来事や思いがつまっていることを知ってほしいと考えています。知ってもらうことが、農業の魅力や価値を改めて考えてもらうきっかけになると思います。
これからの農業への
想いをどうぞ!
誇れるものを
つくり続けたい!
肉用牛の繁殖農家としては「牛肉って何でこんなに安いのかな」というのが本音です。
「A5ランク」など最高級の牛肉は高値で取引されますが、その量は限られています。

最高級のランクではなくとも、和牛の品質や美味しさには大きな自信がありますので、その事実を消費者の皆様に知っていただき、評価されるようになれば、お届けできる和牛は増え、食べていただく機会はきっと増えます。

近年の生産コストの上昇で、繁殖農家を続けていけるのか不安になるときもありますが、「品質が良ければ高値でも買う」といった話をいただく肥育農家の方々がおり、その先には考えを同じくする食肉業者や販売業者、そして消費者がいます。本当に誇れるものをつくり続けていきたいです。
多くの人が、良いものを選び、その適正価格に思いを巡らせ、少しずつ日常に取り入れていく習慣を持つようになれば、日本の食と農はさらに豊かなものとなって今後も受け継がれていくと思います。