佐久の大地が育む、地域医療の未来。

JAが運営する病院がある。
このことを初めて耳にする方も多いのではないでしょうか。
JAは、協同組合。組合員一人ひとりのくらしに関連する様々なニーズにトータルに応える「総合事業」を営んでいます。
なかでも、病気やけがに対する必要な医療と、誰にでも来る「老い」と共に生きるための支援を受け、毎日を健康に生きることは、およそ誰もが共通して持つ願い。
各地のJAが「厚生連」という連合組織をつくり、医療や福祉、健康増進にかかる「厚生事業」を担うのは、ごく自然なことなのです。

長野県佐久市にあるJA長野厚生連・佐久総合病院も、そうした施設の一つ。今でこそ高速道路や新幹線が通るようになった佐久地域ですが、一昔前まで、交通の便が悪い文字通りの「へき地」でした。
終戦前の昭和19年、この地に誕生した病院を、農村医療の世界的最先端と呼ばれるまでに育て上げた一人の医師、若月俊一。
「農民とともに」の掛け声のもと、農村に分け入り、農民のくらしに寄り添って地域の健康を支えた彼の精神は、今も生き続けています。

そして、ここでご紹介する北澤彰浩さんも、そうした言わば若月イズムを色濃く継承する佐久総合病院の医師の一人。
地域ケア科医長として、自宅で療養する患者さんの訪問診療に従事し、佐久の地を奔走する彼の言葉から見えてくるものは、佐久の大地がはぐくむ人の絆と、その絆が可能にする地域医療の一つの「理想像」でした。

一人ひとりの思いが、日本の食べものづくりを支えているんだ。

北澤彰浩 副診療部長・地域ケア科医長

2006年、佐久のみならず、わが国の医療の歴史に大きな足跡を遺し96才で亡くなった若月医師。彼と北澤医師との間には、不思議な縁を感じさせるエピソードがありました。
「私の仕事ぶりをご覧になる方は、皆さん決まって『若月先生のお考えにさぞ深く感銘して佐久にいらっしゃったんでしょうね』と言うんです。

でも、私はこの病院に来る前、お名前くらいは知っていましたが、若月先生のことをほとんど意識したことはありませんでした。
もっとも、実際にお会いし、『病院を出て地域に出向け。生活を診ろ』という彼のポリシーに初めて触れたときは、大きな衝撃を受けました。
私、実は主治医として彼の最期を看取ったのです。
今振り返ると、不思議なめぐり合わせを感じます。」

地域医療のゴールとは

地域ケア科で、自宅で療養する患者さんの訪問診療に精力的に従事する北澤医師。
彼に「地域医療とはなにか」と問いかけてみると、こんな言葉が返ってきました。

「『医療』と言う言葉を辞書で引くと、多くの辞書には「病気やけがを治す」といった趣旨のことが書いてあります。
ところがこの定義は、実は重大な事実を見落としている。そう、人間にとって死は避けられないものなのです。
特に、高齢者や、治る見込みのない終末期の患者さんにとって、『医療』とは必ずしも病気やけがを完治させることではありません。
彼は、こう続けます。「治らない病気の場合は、その人がその人らしく、最後まで生きるために、寄り添い支えること。これが医療だと思うんです。住み慣れ たわが家で、ご家族に囲まれ、病気と向き合い、共に精一杯生きていく。こうした患者さんとそのご家族を、一人の人間として、そして医療の専門家として支えるのが訪問診療であり、地域医療だと考えています。」

また、地域ケア科の油井看護師長も、訪問診療の重要性を考える一人。
「患者さんのご自宅には、賞状や趣味の物が飾られています。
その方の生活や歴史を見ると、どう接するべきかと、考えることができるんです。」

地域ネットワークが地域のいのちと健康を支える時代へ

すすむ高齢社会。「地域医療」は、今後の医療を考える重要なキーワードとなっています。
今、病院ですべてを完結させる医療ではなく、地域の関係者で必要な役割を分担し、そのネットワークで患者さんのいのちと健康を支える仕組みが重要だと、北澤医師は語ります。

「高度・専門的な医療サービスを提供する基幹病院。
日々の体調管理をし、気軽に健康相談に応じる身近な『かかりつけ医』。在宅ケアやショートステイ等を受け持つ福祉事業者。
ひいては、市民ボランティアによる生活支援。
こうした関係者の連携による『地域完結型医療』が必要になっています。」彼は、地域ネットワークですすめるこれからの医療の「理想像」と、組合員一人ひとりのくらしに根差すJAの取り組みに、ある種の共通性を感じているようです。

「地方では、くらしに密接に関わる事業を展開するJAが、まだまだ幅広い役割を果たしている。
ガソリンスタンドも、保険も、銀行も、スーパーも。都 会の方にはあまり実感をもって受け止められないかもしれませんが、JAがないと生活が成り立たないところがあります。」

JA厚生連 全国各地に115の病院と、65の診療所を運営する、JAグループの連合組織。病院の多くは、地域の中核医療機関として救急医療、がん診療、小児・産科医療から災害時医療、リハビリ、訪問診療・看護まで幅広い医療行為を行う拠点となっているほか、JA組合員、地域住民に対する健康増進活動や、高齢者福祉事業を運営している。日赤、済生会等とならぶ「公的医療機関」のなかでも、人口5万人未満の地域にその施設の約4割を立地しているなど、主に農村部において欠かせない役割を果たしている。

「一度、こんな話を聞きました。毎日の食事の煮炊きに欠かせない家庭用の燃料。都市ガスのように便利なものがある都会と違い、農村部ではプロパンガスの配送という形でJAがサービスを提供しています。例えば高齢者の独居世帯で、プロパンガスの使用料に大きな変化が出ると、そのことが高齢者福祉事業に携わる別のJA職員に伝わり、適切な対応を取る。こんなことができるのは、JAくらいのものかもしれません。」
実際、佐久総合病院では、在宅介護を支えるホームヘルパーの派遣やデイサービスセンターの運営、高齢者世帯への配食サービス等の高齢者福祉事業を営む地域のJAとの間で、高齢のJA組合員や患者さんに関して定期的に情報交換を行う場を設けています。

JAをはじめとする様々な関係者との役割分担が支える、地域のいのちと健康。
こうした「協同の絆」が、佐久総合病院の地域医療の取り組みを「佐久モデル」ともいわれるものにまで高めていったのです。

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