ニューファーマーが名産品の生産を支える

農業の未来を支える新しい担い手育成事業
~「JA伊豆の国」(静岡県)のニューファーマー支援の取り組み~

中伊豆は日本のイチゴ栽培の草分けだった

伊豆半島のほぼ中央に位置する伊豆の国市は、かつて源頼朝が配流された蛭ヶ小島など、鎌倉時代ゆかりの史跡が数多く残る歴史の町。
実は、史跡だけではなく、全国屈指の歴史を誇る特産品が、この地域にはあるのをご存じでしょうか?それは、イチゴです。
明治時代から日本で本格的に栽培が始まったイチゴですが、その草分けが静岡県。
中伊豆でも、大正時代には栽培が始まりました。

中伊豆の中心部である伊豆の国市韮山地区は、1970年代、電照促成栽培の先進地として知られ、林立するイチゴハウスが夜空を照らす光景は、“伊豆の不夜城”と呼ばれたといわれています。

しかし、80年代以降は、農家の高齢化と後継者不足で生産量が減少に転じました。98年、この状況を打開しようと動き出したのが、JA伊豆の国。
静岡県が実施する新規就農者支援事業「ニューファーマー養成制度(現・がんばる新農業人支援事業)」を活用し、地域外から新たな地域農業の担い手を受け入れ、育てる取り組みに着手したのです。

落伍者を出さないことを目指すJAの支援事業

2004年に研修を始めた佐々木毅さん

この制度は、新規に就農を希望する人が、受入農家の下で2ヶ月の事前研修、1年間の実践研修を経て独立就農するのをサポートする仕組み。
1年間の研修期間中は、毎月一定額が研修手当として支給されます。
そのひとり、佐々木毅さん(39)は、大企業のサラリーマンから転身し、05年、イチゴのニューファーマー第1号として、東京都から家族で伊豆の国市に移住してきました。

「食料自給率の低さや農業の高齢化を見て、これから農業は伸びていく産業ではないかと、10年前から興味を持っていました。
会社では新素材開発の技術者として働いていましたが、たとえば、携帯電話をほんの数g軽くする技術開発に、どれだけ意味があるのか。
もう素材開発は十分なのではないかと、30歳を過ぎて、方向転換を考え始めたのです」(佐々木さん)

04年の夏、全国新規就農相談センターが主催する「新・農業人フェア」を訪れ、伊豆の国市での就農を決意。
秋の現地視察と面接選考を経て、11月から2か月間、受入農家の堀井一雄さんの下で事前研修をスタート。
その後の1年間の実習を経て、06年の1月に22の農地を借りて独立。
今の目標は、「日本一のイチゴ農家になること」と笑います。
JA伊豆の国では、研修後全員が就農までこぎ着け、30人以上のニューファーマーが誕生しました。
「バックアップまでJA独自の体制も整え、ひとりの落伍者も出さないことを目指して取り組んでいます」と同JAの前組合長で、ニューファーマー支援事業を推進してきた杉山一義氏は話します。

ニューファーマーを育てることは地域人を育てることでもある

受入農家の堀井さんからは、今でも指導を受ける。

この制度の成功を支えているのが、高い技術と経営能力を持つ受入農家の存在です。
佐々木さんの受入農家だった堀井さんは、栽培歴30年のベテラン。
かねてから、地元の農業指導士として、農業短大の研修生を毎年受け入れ、家族とともに寝泊まりしながら指導してきた人です。
すでに息子さんも後継者として就農しています。
「農業は、観察・考察・行動の3つが基本。
佐々木君は、技術者だっただけに、その基本が最初からできていました」と目を細める。
また堀井さんは、「ニューファーマーは、この土地に根付くのが条件なので一生の付き合い。農業は、手間をかければ、それだけ返ってくる。

その楽しさとやりがいを研修で感じてほしい」ともいいます。意外なことに、研修期間中よりも、1年後、研修生が独立してからのバックアップのほうが大切なのだそうです。
研修では仕事の流れを覚えられる程度で、農地の確保や経営計画など、独立後のほうが越えなければならない課題は多いのです。
イチゴは1年1作なので、独立後1年間は収入がゼロ。研修期間と合わせて2年間は生活できる程度の資金を用意しておく必要もあります。

堀井さんはいいます。「私たち受入農家だけでなく、地域みんなで研修生を囲むのが大事。集荷場に一緒に行くだけでなく、地元の収穫祭、JAまつり、いちごまつり。地域にはさまざまな交流機会がある。研修期間中、なるべくその場に実習生を参加させて、地域の人たちとの絆を作ることが、将来、彼らがこの場所で農業を営む上で、大きな財産になるはずです。
その意味で、研修期間中は技術を覚える以上に、どれだけ地域の人とのつながりを作れるかも重要ですね。」

地域に根ざすJAだからできるニューファーマー支援

実際、佐々木さんも「独立してからのほうが、研修期間中よりも堀井さんに相談することが多い」といいます。農地は堀井さんやJAの斡旋・交渉でスムーズに借りられたそうです。新規就農でもっとも重要だったのが、どの程度の規模でどの程度の融資を受けて始めるかという経営計画。経営指導のプロのJA職員が、経費など具体的な情報を提供してくれたことが、大きな力になったと佐々木さんはいいます。
実は、独立後の支援体制を整えている産地は、全国でもごく少数。JA伊豆の国では、02年に「ニューファーマー地域連絡会」を設置し、受入農家、行政、JAが連携して、就農後もニューファーマーのさまざまな悩みを聞き、解決できる仕組みを整えました。それが定着率の高さにつながっているようです。

同JAでは、イチゴのほかに、ワサビ、ミニトマトでも、同様の受入体制を敷いています。「今や、ミニトマトでは、ニューファーマーが出荷量全体の3分の2を生産するまでになり、産地を支える存在になりました。ニューファーマーの存在が、地元の後継者たちにもいい刺激になり、地域全体の活性化につながっています」(前出の杉山前組合長)
ニューファーマーを育てることは、同時に新たな地域人を育て、地域づくりを進めること。地域に根付いたJAならではの視点が、ニューファーマー支援に生きています。

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