国選定重要文化的景観を支える協同の心。

~JAえひめ南(愛媛県)の景観保全を支える取り組み~

傾斜46度! 耕して天に至る段畑

まずは、城壁のようなこの風景を見てください。最大傾斜46度という急峻な岬の斜面一面に、約60段もの石垣が頂上まで続いています。

江戸時代に開墾が始まり、親から子へ、子から孫へ、連綿と受け継がれてきた段々畑。
地元では“段畑”と呼んでいます。300年以上かけて人々の営みが築いてきた景観は、2007年、「国の重要文化的景観」に選定されました。
自然と共存する人々の営みによって作り上げられた景観として、国が保護すべき景観と認めた文化財なのです。

ここは、宇和海に面した宇和島市遊子地区の水荷浦集落。
36戸が住む集落に、この段々畑があります。
江戸時代から水産業で栄え、今もハマチやタイ、真珠養殖などが基幹産業ですが、一方で、わずかな耕地を求めて山の斜面を開墾し、半農半漁の暮らしが営々と続いてきたのです。

段畑は、1枚の幅が1mあるかないかの狭さ。
漁業の傍ら、今も段畑でジャガイモを栽培している81歳の小川康夫さんは、「昔は天秤棒を担いでこの斜面を上り下りしとったんよ。大変じゃった。よう働いたわ」と、昔を振り返ります。
今は、地元で養殖業を営む息子さん夫婦が、ジャガイモ収穫を手伝ってくれているそうです。

景観保全活動が始まった

「段畑を守ろう会」理事長松田鎮照さん

明治時代には畑の数にして8900枚、総計の面積で約30haもの段畑があったといわれますが、全国屈指の養殖産地となった昭和40年代を境に、生産効率の悪い段畑の耕作放棄が進みました。
転機が訪れたのは、2000年。段畑が2haまで減少したことに危機感を持った地元有志が、「段畑を守ろう会」(現・NPO法人)を結成し、段畑の保全と再生に動き出したのです。
「当初、地元では『今さら段畑で飯が食えるんか』と反対する人が大半でした。
それでも、先人が築き上げたこの景観を、なんとか後世に残していきたい。
日常の耕作が、景観保全のための手段ですから、ここでの耕作が経済につながらなければ継続は難しいと考えました」と、同会理事長の松田鎮昭さんは言います。

段畑が経済につながるカギは、ジャガイモ栽培。
石垣が暖められることで地温が平地より7℃も高くなる段畑は、冬に植えつけ4月には出荷できる “早掘りジャガイモ”が、昭和30年代、高値で取引されていた産地だったのです。
しかし実際に始めてみると、4月は1kg300円の市場価格を確保できるものの、他の大規模産地の新ジャガが流通し始めると、量では勝負できないため、市場価格が100円前後まで下落。これでは耕作が維持できないと、地元のJAえひめ南に相談。

07年、段畑の耕作者約20人で結成した「JAえひめ南水荷浦バレイショ部会」から、ジャガイモを1kg250円という市場価格の2倍近い値段で全量買い取ることで合意。
これはJAのネットワークを活用して早期に 売り切ろうという考え、重要文化的景観の産品という付加価値は売り切りが可能だという判断、さらに段畑の保全を支援しようという構想が合致した結果でした。
この合意で、安心して生産活動ができるようになり、保全活動が軌道に乗りました。

非効率な農地が観光資源に変わった

地産地消の料理店「だんだん茶屋」 段畑のジャガイモで作った焼酎「段酌」

JAえひめ南では、このジャガイモをほぼ全量、直売しています。
価格は、5kg箱で大玉1500円、中玉1600円、小玉1300円。
「リピーターを中心に、地元直売所や予約販売で、ほぼ全量売り切れます」(同JA)。
数量は年間30t程度と少量ですが、海からの潮風を受けて甘みを増し、石垣の太陽熱で育つジャガイモは品質面では高い評価を受けているのです。

生産が軌道に乗り、現在、段畑は5haまで復元が進みました。ジャガイモの品質評価以上に、蘇った段畑の景観が観光資源として注目され、春には収穫祭の「ふる里だんだん祭り」、8月には竹にろうそくを灯す手作り行灯によるライトアップする「段畑夕涼み会」などの観光イベントが年中行事となり、今では年間 約2万5000人の観光客が訪れるスポットになりました。

また、地元の海の幸が味わえる地産地消の料理店「だんだん茶屋」が、09年にオープン。
NPO法人化した「段畑を守ろう会」が指定管理団体となって同店の運営をしています。
なによりも、段畑の生産を支える存在になったのが、07年に県内酒造会社の(株)媛囃子の協力を得て商品開発したジャガイモが原料の焼酎「段酌」。
初年度、試験的に生産した4000本が瞬く間に完売し、翌08年からは8000本と増産に踏み切りました。

「やっと段畑を文化遺産として発信する道具がそろったと思っています。
段酌の商品開発ではJAから900万円前後の長期融資をしてもらいました。
NPOになる以前の数年間、JA支所に無料で事務所を置かせてもらうなど、いろいろな面でサポートしてもらい、JAさんには足を向けて寝られませんね」と、松田理事長は語ります。

小規模な地域型経済が文化と景観を支える
地域に根付くJAだからこそできる仕事がそこにある

JAえひめ南の黒田義人組合長

ジャガイモや焼酎「段酌」の販売など、経済活動に結びついたとはいえ、わずか5haの段畑が、農業専業の経営者を生み出しているわけではありません。
「このジャガイモで生活しているひとは、ひとりもいません。
若い世代はサラリーマンや養殖業に就き、70代のひとたちが、先祖代々の段畑を守りながら、年に1回ジャガイモを作っているだけです。
それでも、これだけの景観が残っているのは、奇跡みたいなものだと思います」(松田理事長)

規模拡大を推進し、株式会社の参入を含め専業農業経営体が増えた地域もあります。
確かに、一部の地域では成り立つ話ですが、国土の約7割が山地を占める日本では、段畑ほどではなくとも、多くの地域が規模拡大の難しい立地条件を抱えています。

「この地域は、農業経営だけで生計を立てている先進的な柑橘の専業農家も多い地域ですが、一方で、20人の耕作者がわずか5haの段畑を耕している水荷浦のような地域もあります。
産業として見たら非効率極まりない農業の象徴ですが、そこに生産効率とはちがった価値や癒しを感じるひとは多いのではないか。
言い換えれば、人間の労力が機械化による効率化に置き換えられるのがメリットになる地域と、定年帰農のような形で、地域の絆として、多くのひとがまんべんなくかかわり、後世につなぐことを大切にしている地域。
どちらの農業もあっていいのではないかと思うのです」そう話すJAえひめ南の黒田義人組合長は、こう付け加えました。
「JAは、農業という事業専業の協同組合ではなく、地域に根付いた事業を展開する地域協同組合でもあります。
あくまで地元の活動が主体で、その協力を重ねる中で、段畑を守る会とJA事業がつながった。地域の絆から生まれてきた事業だと思っています。」

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